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名古屋地方裁判所 昭和43年(行ウ)32号 判決

原告

利光大一

被告

知立市(元知立町)

代理人

鈴木匡

外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《略》

理由

請求の原因たる事実一、二の各点(但し超過料金の点を除く。)は当事者間に争がなく、同三の点のうち下水道料金の計算の基礎、同料金が計算上一立方米あたり金一九円六〇銭となること、その計算上被告の負担額がなく、国庫等の補助金と公団分担金を除く全額について利用者たる知立団地住民に負担させる利用者全額負担の原則を採用し、従つて建設・維持管理にかかわる支出をすべて利用者の使用料によつて賄う収支適合の原則を採用していることも当事者間に争がなく、〈証拠〉ならびに弁論の全趣旨を総合すると昭和四〇年ごろ被告知立市(当時愛知県碧海郡知立町)に日本住宅公団知立団地の建設が始まり、それと一体の関係で同団地から排出される汚水を処理するための下水道設備(終末処理場を含む)の建設が知立町の手によつて開始せられ、翌昭和四一年一一月ごろ第一次入居、昭和四二年三月ごろ第二次入居が行われたこと、右下水道設備は右団地から排出される汚水を排除処理するもので終末処理場を有する下水道法第二条第三号にいう公共下水道であり(この点は当事者間に争がない)、しかも雨水とは別に団地から排出された汚水だけを処理するために設けられた分流式公共下水道であることが認められる。そもそも公共下水道が下水道法第一条に謳われているように都市の健全な発達と公衆の保健衛生上きわめて重要で、すぐれて公共性の強い施設であることは顕著なところである。なるほど下水道事業は地方公営企業法第二条第一項各号に列挙されていなく、独立採算制(厳密には収支適合の原則・資金の自己調達・利益金の自己処分を要件とするものと解される)を原則としている地方公営企業法の適用を受けないものと解せられるけれども、地方財政法第六条は「公営企業で政令で定めるものについては、その経理は特別会計を設けてこれを行ない、その経費は、その性質上当該公営企業の経営に伴う収入をもつて充てることが適当でない経費及び当該公営企業の性質上能率的な経営を行つてもなおその経営に伴う収入のみをもつて充てることが客観的に困難であると認められる経費を除き、当該企業の経営に伴う収入をもつてこれに充てなければならない。」と定め、同法施行令第一二条は「法第六条の政令で定める公営企業は、次に掲げる事業とする。」としてその第一三号に公共下水道事業を掲げているので、公共下水道事業につき地方財政法第六条の適用のあることはきわめて明白である。そして同条の適用のある結果、公共下水道事業の経費については他の下水道事業(都市下水路あるいは都市における通常の下水道の設置、維持など)の経費と異なり、当該市町村の負担に属するものとされるものではなく同法第九条、第二七条の四の規定の適用を論理上当然に排斥するものと解される(尚地方財政法第一条参照)。地方財政法第六条の規定は独立採算制を原則とする地方公営企業法第一七条、第一七条の二の規定にきわめて類似しており公共下水道事業についても収支適合の原則を経営の原則としていることは明らかである(尚地方財政法第六条但書参照)。これは実質的には公共下水道事業が市街地における下水(雨水および汚水)を排除・処理するための終末処理施設を有する公共下水道の設置・改築・修繕・維持を行う事業であるところから、他の下水道事業(都市下水路あるいは都市における通常の下水道の設置・維持など)とは異なり、排水地域が限定され利用者が特定される結果、特定の住民の受益度がきわめて高いものであるのであるいは受益者負担金(地方自治法第二二四条参照)を徴し(昭和四〇年九月一一日付大阪府都市整備促進審議会答申・都市施設の整備に関する提言にはその旨勧告している)、あるいは使用者から使用料(下水道法第二〇条)を徴し、または国からの費用の補助(第三四条)を加えることにより、事業として特別会計を設け収支適合の原則の下に経営することを妥当としたものと解される。しかし特別会計による行政の経済的活動をとるものでも不足経済を建前とし一般会計からの繰入金に依存する例も多く、特別会計を設けても一般会計からの繰入を否定するものではないと解され(地方財政法第六条但書参照)、事業の性格によつてはそれが通常の型態であることも考えられ、その公共性・公益性の非常な高度のゆえに、事業としての採算を無視してもなお実行し達成されるべきものの存在も十分考え得るところであるし現にその例も多い。公共下水道事業も当然にかような事業として認識されるべきであると考えるけれども、地方財政法第六条の適用の下にあつては、収支適合の原則を排斥して一般会計からの資金の繰入を法律上義務づけていると考えることはできない。そして本件下水道は前記認定のとおり日本住宅公団知立団地から排出される汚水だけを処理するために設けられた分流式公共下水道であつてみれば、右の考えは基本的に妥当すると言わざるを得ないし、その使用料も施設の提供する役務に対する反対給付であると同時に、いわゆる受益者負担金の実質を相当濃度に持つものと考えられる。下水道法第三条の規定は公共下水道事業の事業主体を定め、私企業を許さないところにその趣旨があるのであつて原告所論のように経済的負担の主体をも定めたものと解するのは相当でない。以上の判断を前提として下水道法第二〇条(使用料)の規定を考えると、市町村は公共下水道の使用者から使用料を徴収することができるけれどもその使用料は下水の量・水質あるいは使用者の使用の態様において妥当であり、能率的な管理の下における適正な原価をこえてはならず、しかも右原則に従つて条例で定めることにしているところから、使用料の算定は公共下水道事業経営の収支適合の原則に従いその事業経営に必要とされる計算上の原価(実際にかかつた経費がそれ以下の場合には実際にかかつた経費)をこえない範囲内でその使用態様に応じ、かつ当該市町村の具体的財政事情をも考慮して妥当に算定されるべきものと解される。よつて右使用料は市町村の一般会計(租税収入)からの繰入れを市町村の法律的義務として当然予想し、あるいはそれを前提とした上で、算定すべきものであるとは解せられない。使用料について「条例の定めるところにより」と規定したのは当該公共下水道事業を管理する市町村において右原則の範囲内で使用料を定めることができることを基本としながらも、当該市町村の具体的財政事情をも考慮して一般会計からの繰入れをするかしないか、するとしたらどのくらい繰入れるかの判断を最終的にはそれぞれの市町村の議会の判断に委ねたものと解される。〈証拠〉の各使用料算定方式は同本人の供述によると合流式(雨水と汚水とを区別せず処理する)公共下水道についてのものであることが認められ、右は合流式であることもあつて一部一般会計からの繰入れを前提として算定せられた例であると推認することができる。一般会計から繰入れるかどうかは右に述べたように議会による条例制定に際し市町村が自ら判断すべき事項に属し、右算式が絶対のものであると考えることはできない。とすれば、下水道法第二〇条第二項第二号に拠り適法に制定された本件下水道条例がその第一四条において被告が国庫等の補助金あるいは日本住宅公団からの分担金を除くすべての経費について使用料という形でその利用者の負担に帰せしめたとしても(この事実は被告の自認するところである)、それをもつて上位の法令に違反していると解することはできない。ただ、終末処理場を含む公共下水道設備の設置および維持・管理につき巨額の費用のかかることは想像に難くないが、これに対し一般会計からの資金を繰入れるかどうかは当該地方公共団体の行政府ないし立法府がその地方公共団体の財政事情等を十分考慮したうえ判断すべき事項に属し、仮に右繰入れをなさないとしても右説示のとおりこれを違法とすることはできない。

以上の判断を前提とすれば、被告が本件下水道料金の算定の基礎に維持管理費(年間)金一一、七四〇千円(そのうち終末処理場職員の俸給・手当金総額(年額)金三、四〇八千円を含む)を加えてもなんら違法とはいえない。また日本住宅公団からの設備譲受代金および被告の起債(地方債)に附すべき利息の合計金四九、九二〇千円を右下水道料金算定の基礎としても、右利息が本件公共下水道施設の建設に要した経費で公共下水道事業経営に必要なもので適正な原価を構成することは明らかであるので、支払利息が会計学上は営業外支出と観念せられ、原価を構成しないものと理解されていてもこれを違法とすることはできない。そして下水道設備のための土地(ポンプ場用地・終末処理場用地)の取得原価(金一〇、九七〇千円)が建設費総額中に含まれ、減価償却の対象資産として下水道料金の算定の基礎となつており、会計学上土地は永久資産として減価償却の対象とならないものとされていても右ポンプ場用地・終末処理場用地は本件公共下水道設備のためにほぼ永久的に利用される行政財産であることが明かであり、地方自治法第二三八条の四等に徴し実質上その交換価値・資産価値が皆無に等しいものであると認められるのでこれを全額償却するも違法ではないと解される。また固定資産の減価償却額計算を定額法によつて行う場合には耐用年数経過時の残存価値として取得価額の一割を残すことが会計学上の通則とされていることは明らかなところであるが、これも会計学上ないし税徴収の原則上相当とされる原則であつて、地方公共団体の有形固定資産の減価償却につき当然妥当するものとも考えられず、残存価値を全く見込まず全額償却してもこれを違法とすることはできないものと解する。また、〈証拠〉によると室外の給水施設・汚水施設その他の排水施設の維持又は運営に要する費用として団地住民は共益費を負担する、と定められていることを認めることができるけれども、〈証拠〉によると日本住宅公団は本件団地に汚水処理場を設けていないのでその維持又は運営に要する費用、本件公共下水道に関する経費を団地住民から徴収した共益費から何等支出していないことが認められ、よつてこの点について原告ら団地住民に二重の負担を強制している事実も認められない。尚地方財政法第二七条の四の規定が本件につき排斥せられることはさきに説示した通りである。

以上認定の各事実ならびに説示と〈証拠〉を綜合すると前記本件下水道使用料は下水道法第二〇条第二項第二号に違反せる廉はなく、又下水道法第三条第一項に違反せる廉もないものと断ずることができる。以上の説示に反し一般会計からの繰入れを強調し、これを缺き受益者全額負担の原則を採用し、収支適合の原則に基づく完全な独立採算制を採用する本件下水道使用料決定が前記各法条に牴触するものとする原告の所説はこれを肯いえない。尚愛知県碧海郡知立町が昭和四五年一二月一日から知立市となつたことは顕著なところである。果して然らば爾余の点について判断するまでもなく本件下水道条例第一四条の規定に基づき下水道使用料として原告から納付を受けた前記金四、五五六円は被告の前身たる知立町ないし被告においてなんらの法律上の原因なく利得したものとは言えないので原告の本訴請求を理由のないものとして棄却し、民事訴訟法第八九条により主文のとおり判決する。

(小沢三朗 日高乙彦 長島孝太郎)

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